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2. ベーブルースとメジャーリーグ(2)
翌1920年ルースはとんでもない記録をうち立てた。 ヤンキースに移籍してから投げる事はほとんど無くなり野手に専念したら打率.376 54HR 137打点でホームランと打点の二冠王となったのである。 世間はブラックソックス事件の渦中、人々の心がベースボールから離れかけてた頃ルースのホームランを見ようとベースボールに興味のない人まで球場に足を運ぶようになったのである。 この1920年はメジャーリーグの歴史にとって ベースボールの価値観を変え、ファンのヒーローが変わった 分岐点となった年であったとわかるのは大分先の話である。 以前述べた通り当時ではホームランは簡単に打てるものでは無かったのと同時にホームランは八百長が出来ないという理由でブラックソックス事件の嫌な流れを吹き飛ばし人々に夢を与えたのがルースのホームランであった。 アメリカという国は歴史を重んじる事があるためにメジャーリーグでは過去の名選手を称える傾向にある。 つまり、ルースはベースボールで名選手な上 ファンやファンで無かった人までも悲しみから救い夢を与えたので 後世まで大変称えられたのであろう。 1921年も打率.378 59HR 171打点と2年連続の二冠王、1923年はヤンキーススタジアムが完成しその球場での第一号ホームランも打つ。 1927年にはホームラン60本を打ちこの記録は35年近く 大リーグ記録となった。(現在はボンズの73本) ルースにはワールドシリーズでの予告ホームランや病気の少年と ホームラン打つ事を約束し、約束を果たし少年を回復に向かわせた等の伝説がある程数々の偉業を成し遂げた。 通算ホームラン714本と数字上ではルースより打った選手は いるがメジャーリーグにホームランという新しい価値観を与え 人々にメジャーリーグの素晴らしさを教えた功績は計り知れ ないものである。 余談:1961年にヤンキースのロジャー・マリスがシーズン61本のホームランを打った時はルースの記録を破ってしまったという事で人々から称えられなかった。 その事からわかる通りルースがいかに人気があったのがわかる ものである。 ベースボールよ永遠なれ おしまい たった2話ですが皆さんの感想等あれば嬉しいです。 |